コンピュータ化が経済成長を困難にしている

「経済成長という呪い」ダニエル・コーエン

日頃,業務システムの開発に携わっている身として,ダニエル・コーエンの視点は,深く考えさせられるものがあった.

機械が労働を補完するのか,代替するのか.個人の労働生産性が上昇しなければ,経済成長は望めない.機械が労働を代替する場合,労働の生産性自体は向上しない.

生産性向上による労働の移行によって,全体の生産性が上がるためには,移行元と移行先の両方の労働生産性が同時に向上しなければならない.過去に起こった農業から工業への移行は,生産性の向上が同時に実現した.しかし,現在の,工業からサービス業への労働の移行において,生産性の向上が伸び悩むのであれば,全体としての経済成長を望むことは難しい.そればかりか,所得配分の不均等が発生する.物的資本の価値は,コンピュータ化が推進されても上昇しない.なぜなら,新たなテクノロジーは高価でないからである.

 

労働者の貧困が資産バブルを生み出し(いま現在はこの状況),最終的には経済成長を低下させるのは次のストーリである.

  1. 労働のコンピュータ化が労働生産性の向上として機能するのではなく,労働の代替として機能すると,労働賃金の低下が起こる
  2. 労働賃金が低下すると安いものしか売れなくなり,物の値段が下がりデフレ状態となる
  3. インフレ方向への経済成長の刺激策として,金利引き下げ政策がとられる
  4. 金利が引き下げられても,マイナス金利まで引き下げるのは困難なので,金利引き下げは,借入コストの低下に働く
  5. 借入コストが低下すると,不動産や金融資産購入にお金が流れ,その結果,不動産価格や金融資産が実質以上に上昇する
  6. その結果,バブルが起こるが,バブルは最終的には弾けて,資産価値の急激な低下に至り経済成長が低下する

 

コンピュータを何のために活用するのか.それは,労働の代替ではなく,労働の価値を高め,生産性自体を向上させるものでなけれなならない.

 

 

なぜわたしたちは0歳児を授かるのか

フランス・ドゥ・ヴァールは「共感の時代へ」でこう語っています。
「共感の起源を子育てに求めるのは理にかなっているように思える」

先日、あるきっかけがあり、フランス・ドゥ・ヴァールと同じことを言っている人の話を聞きました。
松居和氏です。

松居和氏は、福音館書店の創業者である松居直氏の息子さんだそうです。尺八奏者としてジョージ・ルーカスの「ウィロー」、スピルバーグの「太陽の帝国」をはじめ多くのアメリカ映画に参加するなど多彩な経歴を持ち、現在は、埼玉県教育委員会委員会の委員長をつとめられているそうです。

松居氏は、彼の著作「なぜわたしたちは0歳児を授かるのか」の中で、「すべての人間は幼児によって引き出されるべき善性、優しさ、親心を持っている」と語っていました。「子育てをどうするか」という大人の視点からの議論はたくさんありますが、幼児の存在がヒトを「親」として育てるのだという発想は、視点を大きく切り替えさせるものであり、たいへん心を打つものでした。

そして、松居氏は続けます。
「ところが、親たちが束縛や犠牲を嫌い、子育てを経済原理にもとづくシステムに預けてしまうことによって、善性、優しさ、親心が育たなくなり、その結果、社会に優しさと忍耐力がなくなってしまう」と。

アメリカ連邦議会では、犯罪を減らすため母子家庭から子供を取りあげ孤児院で育てよう、という法案が提出されたことが過去にあったそうです。3人に1人が母子家庭のかの国では、犯罪比率に対する刑務所の維持費よりも孤児院の経費の方が安いという経済論理から、このような法案が出されるのでしょうか。

優しさと忍耐力がなくなってしまった社会では、人は経済論理で動き、欲、競争、勝ち組(リスクを他人に押し付ける)といった思考が社会の原理になってしまうのかもしれません。

これからの、社会原理は、どこに行くのでしょうか。

「共感」を喪失させてしまった現代。
幼児に、目を向けるべきなのかもしれません。

 

餌を与えられたサル

人類学者のジェーン・グドールは、チンパンジーが道具を使うこと(草の茎を使いアリを捕る行動)を発見し、道具の使用はヒトだけだと言われていた定説を覆したことで有名です。実験室という作られた空間ではなく、野生のチンパンジーの群れの中に入り込んで観察を続けるというという彼女の研究方法(フィールドワーク)は、敬意とともに、学会に大きな影響をもたらしたそうです。

彼女のもうひとつの発見が、チンパンジーのカニバリズムの研究です。ヒトに最も近い遺伝子を持つチンパンジーが群れの中で起こす仲間同士の殺しあいや子殺しの事実は、戦争をする動物としてのヒトの遺伝子につながっているのだと解釈されました。

ところが最近になって、この残虐性は、“ジェーンが研究対象としている群れでのみ起こる特異な現象”であることがわかってきたそうです。他の群れでは、仲間同士のこのような残虐な行為はほとんど観察されないというのです。

では、何がジェーンのチンパンジー達に残虐な行為を起こさせたのでしょうか。ジェーンの群れと他の野生の群れとの違いは、「餌付けされていたこと」だったそうです。ジェーンは、野生のチンパンジーの群れに入り込むために、バナナを与えていたのです。

豊富とはいえない森の資源で生きてきた野生のチンパンジーの群れでは、食べものを分け与える行為がしばしば観察されるそうです。それに対して、餌付けされた集団では、協調が崩れ、殺しあいやカニバリズムにまで駆り立てる“何か”が働くのだと考えられています。

餌を与えられたももうひとつの群れ。現実のヒト社会も、糧がどこか上方から降ってくる感覚の集団となっているのではないでしょうか。

フランス・ドゥ・ヴァールは「共感の時代へ」の中で、ヒトは本来 “Empathy(共感)”によって社会を構成する動物であると主張しています。そして、この特性はヒト特有のものではなく他の動物にも見ることができ、進化の過程に深く根ざした根本的な能力であることを、多くの事例や研究成果の裏付けをもとに説いています。そして、「それならば、最も高度な動物であるヒノの社会は、「共感」をもとに組み立てられるべきである」と主張しています。

今の社会で求められていることは、降ってくる糧を奪い取るという競争原理の中で勝ち抜く知恵ではなく、「糧(価値)を自ら生み出す集団」という感覚かもしれません。

 

 

ソフトウェア技術者は工務店か

1991年にリリースされたCMM(能力成熟度モデル)では,ソフトウェア開発のスタートは「要件管理」からでした.ところが,2000年にリリースされたCMMI(能力成熟度モデル統合)では「要件開発」というプロセスが,しかも,エンジニアリングプロセス領域のひとつとして定義されました.
これまで「要求獲得」や「要件定義」という言葉に慣れ親しんだ耳には,要件を開発するという言葉が,若干の違和感を伴って聞こえたのではないでしょうか(「要件は開発するものなの?」,「しかも.私たち開発者が??」).CMMIがリリスースされてからすでに15年以上が経っていますが,要件を開発するというプロセスを,その意図を組み入れ,製品の品質に実際に寄与するように組織やプロジェクトに実装している組織は,まだ多くはないのではないでしょうか.
この要件開発プロセス,最近では,「超上流」と呼ばれたりする場合もあります.ところで,ソフトウェア開発の上流とはどこまでさかのぼることになるのでしょうか.最近では,ソフトウェア開発の周辺でも,「User experience」,「デザイン思考」などの用語が飛び交っています.これまでソフトウェア開発が問題として扱っていなかった領域の考えかたも取り込まなくてはいけないのでしょうか.要件開発に関係する技術を整理する前に,どこからが,もしくはどこまでがソフトウェア技術者の仕事なのかを,家のリフォームを例に眺望してみたいと思います.
実は,仕事の範囲を考えるということは,その仕事の責任と権限に対する権利と義務,つまりソフトウェア技術者の職能とは何かを考えることでもあります.堅い話はとりあえず横に置いて,まずは,リフォームを計画中のA子さんのリフォームのやり取りを覗いてみることにしましょう.

A子さん宅は築20年,新婚のときにご両親から譲り受けました.もともとはご両親が建てた家でしたので,いろいろと不具合があるのか,A子さんはリフォームを計画しているようです.
A子さん宅は築20年,リフォームを計画しているようです.

A子さん:「ここに壁を新しく作ってもらいたいの」

この依頼は誰宛のものでしょうか.
登場したのは地元で信頼の厚い「お任せ工務店」さんです.
ところで,お任せ工務店さんは,A子さんからの依頼を受けてどのように応えるでしょうか.

お任せ工務店:「どこに壁を建てたいのですか」,「壁の素材はどうしますか?」,「壁紙はどれにしますか,それとも,モルタル塗りにしましょうか」

壁を建ててと言われても,どのような壁をどこに立てれば良いか指定がなければ建てられませんね.お任せ工務店さんは,依頼を受けて壁を建てるのが仕事なので具体的な仕様が欲しいようです.

「壁を建てたい」という顧客からの要求は,家の内部仕様に直接かかわるものです.このように,顧客が内部仕様に対する直接的な要求を出して,それを構築側が受ける.構築側は,作るために必要な仕様をもれなく聞き出さなければならないという関係は,システム開発の現場でもよく見られますね.

実装をしなければならないお任せ工務店さんは,顧客から漏れなく内部仕様を聞き出さなければなりません.
ところで,お任せ工務店さんは,具体的な仕様を聞き出していくうちに,どのような疑問を持つでしょうか.

お任せ工務店:「ところで,壁を建てるとこちらの部屋がふさがれてしまいますが,扉を新しくつける必要はありませんか」

新設する壁に関する仕様だけではなく,壁をたてることによって,家の機能も変更を受けるようです.
さらに.お任せ工務店さんは,次のような疑問を持ちました.

お任せ工務店:「ところで,何故,ここに壁を立てるのですか?」

すると,A子さんはこう答えました.

A子さん:「2階の寝室を区切って,独立した2つの部屋として使いたいの」

A子さんは,夫婦それぞれの寝室が欲しいのでしょうか?

この話を聞いたお任せ工務店さんは,壁を建て立てたいというのは,夫婦それぞれの寝室を作るためだということがやっとわかりました.そうなってくると,ただ壁を立てれば良いというものではありません.それぞれの部屋に対して,寝室としての機能を考えていかなければなりません.
お任せ工務店さんは,夫婦それぞれの寝室を作らなければならいないという若干の不安を持ちつつ,別の人を連れてきました.建築士の斎藤さんです.
2階の現在の寝室から夫婦それぞれの寝室を作るにはどうするのが良いのか,寝室としての機能や,家の構造上どのように区切ると良いのか,いきなり壁を建てるのではなく,図面を引く必要が出てきたのです.

建築士斎藤さん:(う〜ん,この8畳間からどうやって2つの寝室を作るといいかな..)

A子さんの「2階の寝室を区切って,独立した2つの部屋として使いたいの」という要求は,「ここに壁をたてる」という内部仕様に対する要求ではなく,家の機能に対する要求です.この要求に応えるためには,設計が必要です.
さて,設計を任された斎藤さんですが,現状の家の図面を手に入れたあと,構造などを考慮しながら寝室を2つ作るプランを練っています.
ところで,斎藤さんはA子さんは設計を進めながら思いました.

建築士斎藤さん:元の寝室はちょうど半分に分ければいいのかなぁ.それにしてもちょっと狭くなるなぁ.入り口はどちら側につけようか.ところで,それぞれの寝室からは音が漏れない方が良いのかなぁ.なんだか心配になってきたぞ…

心配になると仕事が進まなくなる斎藤さん.そこで,思い切ってA子さんに聞いてみました.

建築士斎藤さん:「ご夫婦それぞれの寝室の入り口ですが,できるだけ離した方が良いですか?」

するとA子さんは,2階の寝室を2つに分けたい理由を説明してくれました.

A子さん:「あら.寝室ではなくて,子供達がそれぞれの部屋が欲しいと言っているの」

ああ,そういうことだったのですね.なぜかホッとした斎藤さん.寝室を2つ作るなんて,お任せ工務店さんも早とちりだなぁと気を取り直してA子さん宅の図面を眺めてみると..

建築士斎藤さん:おや?子供達それぞれの部屋というのなら,あまり使われていない1階の客間も利用できそうだけど,そもそも,どんな部屋が欲しいのか,どんな部屋が喜ばれるのか,もっと掘り下げて聞いた方がいいかもしれないなぁ…

そこで,斎藤さんは,同僚の営業部の山田さんに,子供部屋のリフォームプランで最近お客さんに喜ばれているアイディアがどのようなものか相談しました.

ところで,これまで,A子さんから語られていた要求の主体は「家」でした.ここに来てはじめて,利用する「人」が主体に切り替わったことに気がつきましたか.
このように,A子さんの「子供達がそれぞれの部屋が欲しいと言っているの」という要求は,顧客が主体の要求です.それに対して斎藤さんが提案するのは,家が主体の要件です.斎藤さんの仕事は,顧客主体の要求を家が主体の要件へと定義し直すことです.

斎藤さんは顧客が主体の要件を解釈して,家(システム)が主体の要件を定義して顧客に提案します.

1階の客間は普段あまり利用されていないようです.このアイディアは,2階の夫婦の寝室を分けてしまうよりも良いかもしれません.しかし,1階の客間は6畳とさらに狭いですし,そもそも和室なので,床の張り替えなどコストもかかりそうです.
良い提案だと思ったのですが,またしてもちょっと心配になった斎藤さん,部屋の広さも気になるので,聞いてみました.

建築士斎藤さん「ところで,お子さん方は何歳ですか?」
A子さん「8歳と5歳の女の子です」

建築士斎藤さん:え? 8歳と5歳で独立した部屋が欲しいのかな?

そもそも部屋を区切る必要があるのか,根本的なところで疑問に思った斎藤さん,今度は同僚のプランナーの吉田さんと森下さんに相談しました.

建築士斎藤さん「A子さん宅のリフォームで,8歳と5歳のお嬢さんたちの独立した部屋を作りたいと言われているのですが,そんなに小さなお子さんなのに部屋を区切って喜ばれるのですかね」
吉田さん「まずは,その8歳と5歳のお嬢さん自身が,何を望んでいるのかを聞いたほうがいいわよ」

そうですね,実際の顧客は8歳と5歳のお嬢さんたちです.彼女らが何を望んでいるかを聞いたほうが良いかもしれません.吉田さんは,お嬢さんたちの1日の生活の視点から彼女らが何をなぜ望んでいるのかを理解すると良いとアドバイスをくれました.
その結果,「別々の部屋が欲しい」という要求は8歳のお姉さんからの要求だということ.そして,8歳のお子さんは読書が大好きで,学校の図書館から借りてきた本を帰宅してから読もうと楽しみにしているのだが,お姉さんの帰りを待ち構えている妹にいつも邪魔されて本が読めないということ.妹とも遊びたいが,1時間程度で良いので,妹に邪魔されずに本を読みたいというのが望んでいることだということがわかりました.

お姉さんは,1時間程度で良いので,妹に邪魔されずに本を読みたいだけだったのです.

ああ,それだったら..
結局,2階には壁を立てずに(もちろん,夫婦の寝室を2つに分けずに)問題は解決したようです.

ソフトウェア工学の歴史がはじまってから(つまり,ソフトウェアを作るということに関しての共通的な法則性が意識されて以来),多くのソフトウェアプロジェクトは,顧客の”要求通りに”「壁」を建てて失敗してきました.
2009年にStandish Groupから出されたCHAOS Report(定期的にソフトウェア開発プロジェクトに関する統計を取り分析している米国の大学を中心とした研究組織)では,ソフトウェア開発プロジェクトの68%が失敗に終わっているという結果が出ていました.この68%と言う数値は,大まかに言って,ソフトウェア工学の歴史がはじまった70年代から変わっていません.上流工程では,重要な部分の何かがかけちがったままなのかもしれません.その視点の一つが,もしかすると,職能,つまり,優秀な工務店であることを目的として意識していることかもしれません.
一方で,昨今よく耳にする「デザイン思考」は,デザイナーの活動を経験的に捉えたもので,工学としては,現象論的な段階であると言えます.ソフトウェア工学での上流工程をさらに一歩進め,その本質をつかむには,上流工程自体を実体論的に理解すること,つまり,上流工程の活動(生産的活動として捉えた場合のソフトウェ開発の上流工程)のモデル化がまずは必要だと考えています.ヒントは「脳と現実世界」のあたりかも..

マンガ駆動設計超上流演習発表会

奈良先端大と大阪芸大との超上流合同演習の発表会が,12月18日無事に終了しました.

この演習授業は,システム開発の超上流工程に,漫画の構成論の技法の適用を試みています.

例えば,「ペルソナ」ではなく「キャラクター」を設定します.そもそも「ペルソナ」とは演劇でその役割になりきることですが,既存の様々なペルソナ手法を試みても,設定したペルソナの振る舞いや考え方になりきるのはなかなか難しいものです.
一方で漫画のキャラクターでは,例えば,「鉄腕アトムだったら,こんな時にはこのように行動するはずだ(例えが古いかな)」とか,「のび太だったらこうしちゃうよね」といったように,過去に読んだ具体的なストーリーは思い出さなくても,そのキャラクターの行動やさらには声までも,深く浸み込んでいるものです.

授業の中で,実際の漫画家の先生にキャラクター設定とストーリーの講義をしていただきました.シチュエーションを設定した上で,キャラクターの身長,体重,兄弟の身長,体重といった「外形(漫画を描く上では外形が重要)」を具体的に設定していきます.例えば,SFと設定した上で,3歳年上の姉よりも背の低いずんぐりとした弟を主人公とした途端,そこから,なにやらストーリーが自動的に浮かび上がってきます.

また,構成を考える際に,ラストシーンが非常に重要な要素であり,シチュエーションとキャラクターなどを設定した上で,ストーリーを考える際,最初に,ラストシーンを思い浮かべるそうです.例えば,誰がどのようにハッピーになるのか.「読者自身のストーリーは,漫画のラストシーンからはじまるのだ」と言うインタビューをした漫画家の先生の言葉は,ITサービスを考えて提供する我々としても非常に重要な視点だと思いました.

さて,今年は4チームが構成され,パナソニックさんのご協力の元,「パナソニックが写真文化を作るとしたら」をテーマに超上流工程に取り組みました.授業成果展覧会では,ポスターセッションと各チームのプレゼンテーションを行いました.

結果,パナソニックさんからは,非常に高い評価をいただき,年明けに,早速,企画部との”具体的な話し合い”のオファーをいただきました.

もしかしたら,授業で出たアイディアが実際の製品や新しいサービスにつながるかもしれません.

乞うご期待です!

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UX_H27-02

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奈良先端大・大阪芸大合同 超上流工程演習発表会のお知らせ

奈良先端大と大阪芸大で行っている超上流工程演習の発表会のお知らせです.
【日時】2015年12月18日 13:00 – 17:30
【場所】あべのハルカス24F 大阪芸大スカイキャンパス
今年度は,パナソニックさんのご協力を得て,ナソニック株式会社様のご協力を得て、「パナソニックが写真文化を変えるとしたら」をテーマに,4つのチームがシステム要件の開発に取り組みました.
各位,お誘いの上,是非,ご見学よろしくお願いします!

展覧会案内2015

「土地と文化に対する感情と責任があるのです」

横浜美術館で開催されている「蔡國強展:帰去来」を観に行きました.

この展覧会は,2015.7.11から2015.10.18まで開催されているそうです.
会場の入り口(チケットコントロールの手前なので写真可)で来場者を待ち受けていたのは,今回の展覧会のために制作された「夜桜」という巨大な作品でした(写真1).

夜桜
写真1. 夜桜

また,本展覧会のポスターに掲載されている作品は,「壁撞き」という作品です(写真2).この作品は,99体のオオカミがガラスでできた壁に突き当たっては戻りを繰り返している様を表現した作品でした.説明では99という数字は道教で「永遠」を示しており,ガラス,すなわち,見えざる壁に挑み続けるもそれを超えられない永遠を表象しているようでした.

蔡國強展:帰去来ポスター
写真2. 蔡國強展:帰去来ポスター

 

この展覧会では「夜桜」含め8点の展示がありました,そのうちの5点は,今回の日本での展示のために,会場である横浜美術館で製作された作品だそうです.
また,「春夏秋冬」という作品は,驚くほど繊細な白磁が素材として使われていましたが,これは,彼の故郷である福建省のもの,そして,「壁撞き」の作品にあったガラスの壁は,かつてのベルリンの壁の高さと同じだそうです.

会場では,横浜美術館での製作風景を含め,それぞれの地での文化や社会を強く意識してきた彼の作品の解説とインタビューのビデオが流れていました.
私は,火薬を使った彼のインスタレーションの迫力に見入っていましたが,彼がビデオの中で語っていた言葉が耳を通り抜けた瞬間,脳天を直撃されたような気持ちになり,その言葉を再度確認するために,ビデオを2回観ました.

彼は,
「土地と文化に対する感情と責任があるのです」
と静かに,そして笑顔で語っていました.

彼は日本に留学していた経験があるため,インタビューは少々中国訛りのある日本語で語っていました.そのためか,主語が聞き取れませんでした.おそらく主語は「私は」なのだろうと思うのですが,私には,「私達には」に聞こえました.

「私達には,土地と文化に対する感情と責任があるのです」

私達は,私達の土地と文化に対して,どのような感情を抱いてきたのでしょうか.そして,それらに対して「責任がある」と胸を張って,笑顔で言えるのでしょうか.

会場を出ると,台風による影響か,重く厚い雲が空を覆っていました.