プロジェクト計画の妥当性

プロジェクト計画が妥当であるか、つまり、プロジェクトが計画どおり行くか否かを論じることができるのは、「すでに、その計画の可能性について、ある程度の経験がある」場合に限られます。このような、経験に基づく判断をコミットメントといいます。経験が無いのにコミットする人のことを植木等(無責任)といいます。

歩むべき先が見通すことができるとき、人は真剣になります。先があまりにも見えていないとき、夢(実現しない夢)を見ます。問題が大きくなればなるほど、ひとりでは解決できないため、誰かが解決してくれるであろうという期待に皆が夢想します。その結果、責務が曖昧になります。先が見えなければ見えないほどプロジェクトは夢の中に迷い込み、リスクが大きければ大きいほど、誰かが解決してくれるであろうと全員が思い込みます。

一方で、先が見通せたと思っていても、「判断しないといけない局面」が現れた時点で見通しは誤っていたのです。判断とは「失敗している状態に今まさにいる」ということなのです。判断が求められた時点で、それまでの過去の行いは精算され、新たなスタートの白線が目の前に引かれるのです。

yasushi_tanaka

有限会社ケイプラス・ソリューションズ代表,東京工業大学 特任准教授,大阪芸術大学 客員教授,奈良先端科学技術大学院大学 非常勤講師,博士(工学),CMM正式リードアセッサー(非更新 笑)

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