逆Vモデル

企業が顧客にもたらすべき価値の定義から、それを支援し実現するためのITシステム構築までの橋渡しの方法はどのようなものになるだろうか。Vモデルは、システム開発のための要件定義から受け入れテストまでのライフサイクルを表している。

従来のシステム開発は、構築するITシステムに対する要求を受け入れ、解釈し、ITシステムの要件として定義するところからがスタートであった。そして、システム要件定義よりも前、すなわち、システムに対する要件を導出するまでのプロセスはエンジニアリング領域の対象外であった。しかし、顧客価値を生み出す業務プロセスこそが企業の根幹の技術であり、ITシステムはそれを支援し実現するためのツールであることを考えれば、システム要件を導出する前の工程こそが技術化すべき領域であると言える。IPA(情報処理推進機構)では、 システム要件定義よりも前の工程を「超上流工程」と呼び、またCMMIでは、「要件開発プロセス」として、エンジニアリングプロセス領域の中に取り込んでいる。この超上流の工程モデルとして「逆Vモデル」を考案した。逆Vモデルは、Vモデルのさらに上流、Vモデルが上下反転したプロセスとして示すライフサイクルモデルである。

逆Vモデルは、3階層の抽象度を持つ超上流工程のライフサイクルモデルとして定義している。我々がシステム開発で必要とするものはシステムに対する要件である。ところで、対象とするシステムを構成するものは、組織や人、そしてシステムといった”モノ”のレベル、すなわち、目に見える存在である。一方で、企業が顧客に対して価値を創出するのは、人やシステムといった”モノ”のレベルを横断して機能するプロセスである。逆Vモデルでは、モノのレベルの上位として業務プロセスを定義する。モノのレベルである人やシステムの上を”コト”としての業務プロセスが流れることによって、顧客に対する価値(カチ)を生み出す。要するに、そこで何が行われているかがコトのレベルである。しかし、コトのレベルである業務プロセスはほとんどの場合は目に見えない。可視化、すなわちモデル化が必要となる。

逆Vモデルでは、システムの仕様であるモノのレベル、業務プロセスをモデルによって外在化したコトのレベル、そして企業が提供する価値を発見し定義するカチのレベルの3段階の抽象度を定義する。業務プロセスのモデル化は、システム要件と顧客価値とをつなぐものとなる。つまり、まず提供すべき顧客価値が定義され、それを実現するたの業務プロセスが考案される。そして、考案したと業務プロセスの実行を支援するためにシステムに対する要件が定義される。

重要なポイントは、これらの各抽象度レイヤーはお互いに独立しているということである。上位のレイヤーは下位レイヤーへの要件となる。多くのBPRやBPMで見られる問題は、業務プロセスとシステムの仕様とが混合し、描いた業務プロセスのモデルがシステムの仕様となってしまっていることである。

エンジニア視点が引き起こすよく見られる誤りは、顧客価値、業務プロセスを明確に定義せずに、現行のシステム仕様から、いきなり更改システムの仕様を考えてしまうことである。その結果、なぜそのような仕様になっているか、すなわち、おおもとの要件としての顧客価値や業務プロセスとの対応が保守可能な状態に置けなくなってしまうことである。その結果、業務プロセスの改善や、そもそもの顧客価値の戦略見直しに対して、対応するシステム要求へのトレーサビリティーが取れない状態になってしまう。さらに、システム利用者からのシステム改善要求に対して、問題を引き起こしている根本原因の業務プロセスや顧客価値に立ち戻らないまま、要求に対するシステム改善を行うことになってしまう。このように、いわばパッチ当てのような機能改善が積み重なり、システムの利用性が逆に低下してしまう原因となってしまう場合も非常に多い。

逆Vモデルでは、 逆Vの右側(ライフサイクルの後半)は、上述したように、顧客価値から業務プロセスの設計を経てシステム要件定義へとつながるDesign(設計)のプロセスである。一方、 逆Vの左側は、現行システムの分析からはじまるReverse Engineeringのプロセスとなる。なぜReverse Engineeringが必要かというと、現在のシステムがどのような業務プロセスを想定して作られているか、また、顧客に対してどのような価値を提供するために設計されているかが外在化されていない場合がほとんどであるからである。現在の業務プロセスは、顧客に対してどのような価値を提供すべく考案されたものなのか、そして、システムは何故そのような仕様になっているかを推察しなければならない。つまり、現行システムの”設計思想(意図)”をリバースする必要がある。

Reverse Engineeringのプロセスの最初、「現行システム分析」では、現行システムのリソースとその外部仕様を洗い出す。リソースとは要するに「ヒト、モノ、カネ」である。コンピュータなどの情報機器(例えば、FAXや電話なども含まれる)とその外部仕様、そして業務遂行に関わる人の洗い出しをおこなう。さらに精度を上げるのであれば、要求されるコストの分析を行う。コスト分析を行うことによって、改善した業務プロセスとシステムのROIの評価を行うことが可能となる。
また、「As-isプロセス分析」では、現在の業務プロセスのモデル化を行う。システムが見えるのに対して、プロセスはそのままでは見えない。業務プロセスを見えるものとして描き出すモデル化の方法がポイントとなる。

上記、逆Vモデルに関して、現在、主にエンタープライズ系のシステム開発において実際に適用し、モデルの妥当性の検証を行っている。

yasushi_tanaka

有限会社ケイプラス・ソリューションズ代表,東京工業大学 特任准教授,大阪芸術大学 客員教授,奈良先端科学技術大学院大学 非常勤講師,博士(工学),CMM正式リードアセッサー(非更新 笑)

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