よくわからない段階で決めなければならない

「ソフトウェアに関係する仕事をしています」と自己紹介すると、「ゲームですか?」と聞かれる場合がある。ソフトウェアは、「私の仕事はコレです」と手のひらに乗せられるモノを示すことが難しい。おのずと、モノとしてイメージしやすい“ゲーム”が想起されるのであろう。

マウリツィオ・ラッツァラートは、「出来事のポリティクス」の中で、“Immaterial Labor(無形労働:伊藤訳)”という言葉を用いて、ポスト構造主義の現代を生きる我々の生きかた(新しい労働のしかた)を示そうとした。

ソフトウェアは実体を有しない無形物である。ソフトウェアを作るという行為は、ラッツァラートが定義した無形労働の典型であり、ラッツァラートの言葉を借りれば、商品に内包される社会や文化を作り出す労働であるといえる。

一方で、ソフトウェア開発は学習の行為であるとも言われる。対象を理解し、設計し、構築する行為の中で、対象の理解がより深まる(もしくは変わる)。そして多くの場合(というよりも、すべての場合)、我々は、よくわからない段階で決めなければならいという状況のなかでモノゴトを作り出している。つまり、商品に内包される社会や文化に対する仮説を、仮説という荷姿のまま社会へ送り出しているともいえる。

人間は生産・労働を通じて作り出したものを媒介にして自分が何ものであるかを知る(ヘーゲル=マルクス主義)のであるとすれば、ソフトウェア開発とはどのような活動なのかという命題は、ソフトウェア開発に関わる人間として、意識的にも無意識的にも共通して持ち続けるテーマである。

たとえば、「ソフトウェアは本当にソフトな、つまり、柔軟な構築物なのか」、「共通の理解はどのように形成されるのか(もしくはされないのか)」、「知識の所有権はどこに帰属するのか」といったようなソフトウェア開発にまつわる課題は、視野を少し広げてみると、現代の社会が抱えている問題につながる部分が多いと考えられる。ソフトウェア開発のなかで意識される問題を、社会的な視点から眺めていきたい。

 

yasushi_tanaka

有限会社ケイプラス・ソリューションズ代表,東京工業大学 特任准教授,大阪芸術大学 客員教授,奈良先端科学技術大学院大学 非常勤講師,博士(工学),CMM正式リードアセッサー(非更新 笑)

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